| 6、伊達郡保原町 |
大塚の化粧塚【大泉字大塚の化粧塚と種蒔桜】
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| 建武の頃、大塚に金巻某という豪族がいました。その娘が北畠顕公の侍女になりましたが、顕家は京に上り石津で戦死してしまったのです。公の死を聞いた侍女は悲しみの余り命を絶ってしまいました。父はその死をあわれみ、塚を築いて吉野桜を植え篤く菩提を弔ったそうです。この桜は慶長年間に枯れ、植え継がれて種蒔桜として親しまれています。 | ![]() |
| ●参考文献 | ![]() |
| 『保原町史』4民俗(保原町、1981) ※建武は1134年〜1136年 ※種蒔桜とは稲の種蒔きをする目安にする桜で、花が咲き始める頃種を蒔く。 |
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| ●アクセス | |
| 阿武隅急行線 おおいずみ駅から車で3分 | |